gaccoで村井純先生の「インターネット」講座を受講する前に、自分とネットがつながった歴史を振り返ってみた。

無料で大学の講座を受講できるというMOOC(ムーク)という動きを具体的に知ったのは、NHKの番組*1だった。その後ネットで少し調べていたけど*2、まだこの段階では受講するに至らず。今年3月になってWIRED.jpでの津田大介さんへのインタビュー記事*3で、gaccoがこの春講座をスタートすることが紹介されており、なかでも「これなら出来るかな?」と思ったのが……

2014年5月19日 開講
慶應義塾大学 村井純教授「インターネット」講座

「日本のインターネットの父」といわれる村井純先生。彼が日本のインターネット黎明期の経緯や技術、原理、理念などを綴った著書『インターネット』*4が世に出たのが1995年。世紀をまたいで今年2014年にはじまるこの講座で、インターネットがどのように語られるのか興味を持ち受講してみることにした。

そこで僕自身の予習のため、受講に先立ってインターネットの歴史を振り返ってみようと思い、村井先生の著書*5
を読んでみたり、年表*6を眺めてみたりしてウォーミングアップ中。そして、自分自身のネット履歴を振り返ってまとめてみようと思った、というのがこの記事のテーマ。

以下は僕のインターネット体験の歴史、つまり自分語り。あくまで僕個人の履歴なので、役立つ情報はないかも。「そんな時代もあったね」と共感してもらえる……かもしれない。

お時間ある方は、続きをどうぞ。

僕が使ってきたパソコンがどのようにネットにつながっていたか。

1974年生まれの僕が、はじめてパソコンに触ったのは小学生、1985年頃。NECのPC-8001mk2というマシンでゲームをしたり、BASICでプログラミングのまねごとをしたりしてた*7。その後、中学生の部活動は無線部に入り、アマチュア無線やコンピュータなどのテクノロジー好きなオタクとなった。ちなみに、高校では硬式テニス部、大学ではテニスサークルに所属するなど若干の軌道修正(?)を試みた模様。

『インターネット』が出版された1995年。僕は大学生。実家の岡山を離れ大阪で一人暮らし。当時使っていたパソコンはWindowsではなく、AppleのMacintosh ColorClassic2*8。パソコンの世界ではWindows95発売の年で盛り上がってたけど、僕はちょっと変わったもの好き*9。自宅でレポート作成に加えて趣味的にゲームとかに使っていたが、パソコン通信やインターネットという世界があることを知り、パソコン通信ニフティサーブに加入。これがネットにつながったはじまり*10

はじめてのネット接続はダイアルアップ接続。Macに外付けのモデム(通信速度14400bps)を接続して、電話線をつないで、雑誌を見ながらいくつかソフトを入れて、設定して……そして、モデムがダイアル音と「ピー、ガー」と音を立てた後に、ついにネットにつながった。もともと自分のパソコンのなかには入っていない外部の情報が、電話線を通じて取得できて画面上に表示される、ということがとても新鮮で感動したことを覚えている。

ネットの通信料は従量課金で、ニフティサーブの通信料とNTTの電話料金がかかった。携帯電話はまだコスト的に気軽に持てるものではなかった記憶があるが、いま考えてみればパソコンでネットにつなぐことも結構ぜいたくな趣味だった。そういえば、はじめてクレジットカードで決済したのがこの通信料だった。

文字中心のパソコン通信から、ブラウザでのネットサーフィン、そして常時接続。

1999年就職。パソコン教室で講師や営業、運営をしていた*11。職場のインターネット環境ははじめISDN回線だったが、数年後には光回線となり本社とVPNでつながって業務システムが動いていた。

ちなみに、後に就いた他の仕事としては、セキュリティ製品の営業やシステム保守管理なども短期間ながら経験した。これらの仕事の経験を通じて、コンピュータやインターネットのことをわかりやすく説明するために工夫や練習をしてきたこともあり、今でもITを使うことだけでなく、教え方や伝え方そのものにも興味を持っている。

職場ではWindowsのPCのみの環境だったが、自宅では相変わらずMac。マシンはiMac DV SE。内蔵モデムの速度が56000bps。このころはブラウザによるネットサーフィンが主な用途。とにかく情報に飢えていた時期だった。

ほどなくして自宅にADSLを導入。これは大きな転機になった。速度は1.5Mbpsで、何より常時つなぎっぱなし。そして、料金が完全に定額というのも素晴らしかった。じっくり調べ物してもいいし、ページを表示しままぼんやりしててもいい。大人向け画像も落としまくりだし。次第に提供されるADSLサービスの通信速度は速くなってきたけど、初めてADSLで実現した常時ブロードバンド接続の衝撃を上回ることはなかった。

2004年結婚。新居のマンションに最初から光回線(LAN配線方式)が入っていた。壁の差込口にLANケーブルを差して、PCにつなぐだけ。スッキリしてよろしい。やはり速くて快適。自宅パソコンは共用のWindowsマシン(e-machinesのタワー型PC)になった。だけど残念ながら、忙しくて自宅のパソコン前でインターネットを使うことが少なくなっていた。

その後訳あって離婚*12。岡山の実家に戻る。回線はADSL12Mbps実家で共用のeMac(17インチのブラウン管一体型PC)。後にMacBook (13-inch Aluminum, Late 2008)となり、これは今も現役*13。自宅のインターネット環境としては不足はなかったけど、このころは意欲が減退。以前はワクワクしてたネットサーフィンも億劫になっていた。でも、しばらくすると徐々にパソコンに向かうようになって復活してきたけど。

2013年秋にようやく自宅近辺がフレッツ光エリアになって、ADSLの12Mbpsからフレッツ光隼1Gbpsにグレードアップ(自分史上最高速)。実効速度で100M超えることも。明らかに速さを実感できる。ADSLで遅かったアップロードが大幅改善。クラウド型のサービスがサクサク動作するようになった。これに慣れると後戻りできないな。

ここまではパソコンの前に座ってインターネットを利用する手段を見てきた。しかし、自宅やオフィス以外でもインターネットにつながるようになってきたわけで、次はモバイル機器のお話。

僕が使ってきたモバイルインターネットの歩み。

持ち歩ける電子機器には憧れがあった。新しいガジェットにワクワクさせられる。前述のとおり中学生の頃は無線部で、アマチュア無線のトランシーバーを持って自転車で山に登るようなことがあった。仲間同士で話すことが多かった*14。通信内容は他の人にオープンだったけど、携帯電話が全く普及していない時代に、離れたところでワイヤレスで話ができる機械を持っていることが面白かった。

携帯電話が普及し始めたのは大学生の頃だったと思う。でも、僕がはじめて持ったのがポケベル。そのあとPHS*15。段階を経て携帯電話を使うようになった。キャリアは長らく関西セルラー(のちにau)で利用したが、端末は色々変えていった*16

モバイル機器を使ってリアルタイムにメッセージのやり取りが自在にできる、というのはインパクトのある機能だった。1999年のNTTドコモのiモードスタート。僕が使っていたのはドコモじゃなかったが、しばらくして携帯電話でメールが送受信できる、インターネットにつながる、という環境が整っていった。外出先でメールの送受信ができ、パソコン用のメールに届いたら携帯メールに転送して通知してみるような使い方もした。ただし携帯電話のブラウザは、制約がいろいろあったことと、個人的には使いたいサービスがなかったことから利用は捗らず。また、その他の機能として、写真や動画が取れるようになったり、おサイフケータイが使えるようになったりとガジェットとしての魅力は増していった。

そしてスマートフォンの時代へ。2007年に初代iPhone発表、2008年にiPhone3Gが日本で発売、といったニュースはAppleユーザーとしてはとても気になっていた。すぐに飛びつかなかったのは、携帯メール変更やおサイフケータイが使えなくなるなどの壁があったため。それでもついに2010年、iPhone4の発売に合わせてSoftbankにMNPしてスマートフォンデビュー。メールやブラウザがフルに利用でき、豊富なアプリが用意されていて、ソフトウェアアップデートで最新OSに変えて長く使える。すっかりiPhoneにハマってしまい、その2年後には順調にiPhone5に機種変更。

当初、iPhoneは画面が小さくて、通信速度や処理速度の面でも自宅Macの代わりにまではならなかった。でも次第に、スマートフォン向けのWebサービスやアプリが充実してきたし、画面はパソコンより高精細だし*17、処理は速くなったし、LTEで通信もストレスないし*18で、インターネット利用時間の多くをiPhoneが占めるようになった*19。本当にポケットに入れて、モバイルできるインターネットが実現したと思った。

インターネットで受信すること、発信すること。

インターネットは双方向性のあるメディア。だけど、ほぼ受け取ることが中心で、ある意味インターネットの半分しか体験していなかったかも。もちろん仕事やプライベートでメールを送ることはあったけど、そのほかにはブラウザで他人がつくったウェブページを見たり、調べ物をしたり、買い物をしたり。発信という活動では、コメントを残したり、掲示板に書き込んだり、自分のウェブページを作ったりは、ほとんどなかった。

仕事でパソコンやITに関わっていたこともあり、一般の平均以上には詳しいつもり。ブログやSNSが普及してきて一般の人も気軽に発信できるようになった頃、お客様や知人がパソコンやインターネットを活用することを勧めたり手助けしたりして、ブログの設定やウェブサイト構築を請け負うことはあった*20。その気になれば自分のために作ることはできたはずだけど、なかなか踏み込めずにいた。

そんな状況にも転機が。2010年頃になってようやく様々な新サービスに意欲が出てきた。twitterやfacebook、Google+はアカウントを作り、ぼちぼち投稿している。LINEやfacebookで近況報告や交流もはじめた。そして2014年春になって、はじめて自分のブログを作り、こうして駄文ながらもネットに発信してはじめた。まだまだ表現の工夫や色々なサービスと連系など模索中だけど、新たなモチベーションを持って楽しんでいる。やっとインターネットの残り半分を味わいはじめたところ。

まとめ

とりとめのない内容になってしまった。整理して、僕のインターネット体験の中でインパクトのあった節目をあげてみたい。

  • 繋がった!ネットの向こうの情報が見える!
  • ADSLで自宅のネットが常時高速接続!
  • 携帯電話でいつでもメールが出来る!
  • iPhoneでどこでもほぼフルブラウザ&アプリ!
  • 自分のブログを開設。発信したい! ←イマココ

自分のネット環境や機器のことが多くなってしまった。本当はインターネットをどう使うかが大切なんだろうけど、それについては今後深めていきたいと思う。

インターネットはすっかり社会インフラになって、少なくとも日本においては、多くの人が利用できるよう環境が整ってきた。僕がネットに触れ始めた20年前と比べると、コミュニケーションやコラボレーションの形はずいぶん変わってきたと思う。子供の頃、雑誌で見た未来予想*21のなかで出てきた「テレビ電話」とか「電子決済」とかは本当に実現してしまったし、テレビドラマのスタートレック*22の音声コマンドのようなことがiPhoneでもできてしまう。様々な人々の努力でテクノロジーを結集させてできた成果だといえるし、この進化は、できるだけ多くが参加できる仕組みや理念を持つインターネットが加速させてきたのではないかとも思う。

僕は、インターネットのポジティブな面をとても気に入っているし、これからもワクワクさせられるこの道具が身近にあってほしいと願っている。解決しなければならない課題も乗り越えられるだろうと楽観的だ。10年先、20年先にどのように振り返ることになるのか楽しみだ。


ところで、gaccoの「インターネット」講座を受けるための前提条件は

高校レベルのコンピュータサイエンス、科学やテクノロジに対する知識
及び インターネットの利用経験

ということなので、広く開かれている。

インターネットを少し使ったことがある人から、バリバリ活用している人まで役立ちそう。同僚、友人、こどもなどにインターネットを説明する機会があるなら、自信を持って教えるための助けになると思う。

興味ある方はぜひ一緒にチャレンジしてみよう!

村井純教授「インターネット」講座 | gacco

*1:2014年9月17日放送の「クローズアップ現代」
あなたもハーバード大へ ~広がる無料オンライン講座~
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3402_all.html

*2:以前からiTunesUとかで講義を聞くというのはあったけど、MOOCは反転授業、評価や議論、修了認定の仕組みが用意されているところが新しいのかな?

MOOCについて検索すると情報はたくさんあって、正直まだ消化できてない状況。気になった記事を2つご紹介。それぞれリンクも充実して読み応えあり。
2013年はMOOCにとって面白い年でした
無料オンライン教育MOOCがもたらす教育の破壊と創造:GREAT GEEKS:ITmedia オルタナティブ・ブログ

*3:津田大介に訊く、日本版「MOOC」の課題と可能性
http://wired.jp/2014/03/20/jmooc-gacco/

*4:20年近く前の本だけど、今に通じるインターネットの底に流れる基本を感じられる。

*5:前掲書の他に、岩波新書の次の2冊を読んでみた。それぞれ1998年、2010年の出版で時代の変化が見られて面白い。

(2016-01-28追記)村井先生の近著、角川インターネット講座の第1巻でもどうぞ。

角川インターネット講座全15巻のKindle合本版なんていうのもある。ちょっと前はセールだったんだけど、2016-01-26現在はポイント88%(19,008pt)付与になっている。2016-02-29現在は通常価格。


*6:インターネット歴史年表 – JPNIC
あのサービスはいつ始まったのか、など確認できる。

*7:補助記憶装置はカセットテープ。頭出しが必要だったし、セーブ(保存)、ロード(読み込み)に何分も待っていた。フロッピーディスクは憧れだった。参考書はマイコンBASICマガジン – Wikipedia

*8:使い始めた時期は1993年頃。コンパクトな一体型マシン。画面が小さくて使えないソフトもあった……でも気に入ってた。

*9:そういえば、学生の頃はカッコつけて、ミニシアターでヨーロッパ映画なんか観てた。最近はベタな娯楽映画が好き。

*10:ニフティサーブは、厳密にはインターネットサービスではないけど、ニフティのIDではじまるメールアドレスがあったので世界につながってる感はあった。

*11:主にオフィスソフトやインターネットと関連する資格対策講座など扱っていた。OSはWindows98〜XPくらい、Officeは98、2000、2002くらいを使っていた。インターネット講座は、メール、ブラウザの使い方。ソフトのダウンロード、圧縮・解凍、HTML、FTPとか。初級シスアド講座の講師もしていた。ちなみに情報処理技術者試験で取得したのは初級シスアド(1997年)、情報セキュアド(2003年)、基本情報(2011年)。シスアド、セキュアドの名称は今の試験には無い……

*12:このころはいろいろあり過ぎて、記憶が曖昧。ホントに。

*13:HDDは500GB、メモリは8GBに増設済み。OS X Mavericksで問題なく動いてます。

*14:144MHz帯のハンディ機。部活動の用具なので堂々と学校に持っていった。学校の部室には50MHz帯のごっつい無線機があり、季節によって海外とも通じた。

*15:NTTパーソナルというPHSの会社が出していた、モトローラ製の「パルディオ311M」という機種。カタチで選択。

*16:初期はあまり覚えてないが、Sony、talby、Infobar、W41CA、infobar2など。やっぱりカタチで選ぶこと多し。

*17:でも最新パソコン(MacBook Pro Retinaなど)は画面綺麗。

*18:東京や大阪などの大都市圏では混雑してて状況が違うのかな?僕が住む大都会岡山では問題を感じない。

*19:それでも、Webサイトのコード読み書き、じっくり調べ物、長文を書く、という場面ではMacを使う。ちなみに世に言うドヤリングは未経験。

*20:最近は両親がやっているお店のウェブサイトをWordPressでカスタマイズして構築。HTMLやCSSの基本は知っていたけど、PHPやJavaScriptは作りながら少しいじってみた。コピペ多数。

*21:『子供の科学』で見た記憶あり。最新はこんなになっているのか。

*22:大学生の頃、大阪の関西テレビの深夜にやっていた『新スター・トレック』を好きでよく見ていた(ピカード艦長が出てくるシリーズ)。ちなみに『スターウォーズ』も好き。両者の不毛な争いは望まない(笑)。