「マツコロイド」を創った石黒教授の講義で、人とロボットについて考えた4週間を振り返る。

(2016-04-26追記)石黒教授の講義録が電子書籍に!

4月から面白そうなテレビ番組が始まっている。毎週土曜日の夜、日本テレビ系列で放送される『マツコとマツコ』。本日(4月11日)は2回目の放送になる。

マツコとマツコ|日本テレビ

この番組は、日本が世界に誇るアンドロイド技術を駆使して作られた「マツコロイド」を使って、「アンドロイドがいる時代のテレビや世界がどうなるのか?」を考えていく番組です。

この「マツコロイド」は、大阪大学大学院の石黒浩教授が開発に関わっている。石黒教授といえば、人の姿をリアルに再現した遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイド」の開発がとても有名で、自身そっくりの「ジェミノイド」が世界各地で講演もしている*1

今回始まったレギュラー番組に先立って、2014年末には特番も放送されていて、実はその同じ時期に僕は石黒教授による4週間のオンライン講座を受講した。講座タイトルは『人とロボットが共生する未来社会』*2

人とロボットが共生する未来社会 | gacco

この講座では、毎週レポート課題があり、提出期限に苦しみつつも学ぶこころが大いに刺激された4週間の講座だった。今回は、恥ずかしながら僕が提出したレポートでちょっと振り返ってみたい。改めて読むといろいろ直したくなるけれども。

講座内容を知らない方からすると「なんのこっちゃ」となるかもしれない。講座を受講された方からすると「ポイントを外してるなあ」となるかもしれない。講座を受講したオッサンが、人とロボットについてこんなことを考えていたのだなという雰囲気を感じてもらえれば幸い。

Week1レポート課題 – ロボットが日常生活で普及するための条件。

ロボットが日常生活で普及するための条件について述べよ。(800字程度)
講義の内容をよく学習し、記述すること。また、自分のアイデアを記述すると、加点の対象となります。

ロボットが日常生活で普及するためには、

  1. ロボットの人らしさの向上
  2. 革命的なコスト低減
  3. 開発環境の整備やユーザ意識の啓発

といった条件を満たす必要がある。

1.については、人にとって最も理想的なインターフェイスは人であるので、身近で活動するロボットはより人らしい動作や見ためを実現することが好ましい。人がロボットに接するときに安全・安心に暮らせるように、肉体的にも心理的にも負担を感じさせないためには、ぶつかっても怪我をしないような外装や不気味さを感じさせない自然な振る舞いが求められる。

2.については、家庭でも導入できるようなコストとなることが望ましい。従来の研究所等で開発されたロボットは数千万円のコストがかかるものが、2014年に発表されたPepperは19万円という低コストを実現して、高性能なクラウドAIと繋がったロボットが家庭で生活することが実現しつつある。パソコンやインターネット、スマートフォンが普及する過程と同様に、劇的にコストが低減することは一気にロボットが普及するための重要な要素といえる。

3.については、より利便性の高いアプリケーションを開発するために、開発者コミュニティが活発になるとともに、ユーザがロボットに慣れるために身近にロボットがある生活をイメージできるような啓発が必要となる。インターネットが普及したときのメールやウェブのようなキラーアプリが生まれるためには、多くの開発者がロボット開発に関われるようにオープンなプラットフォームが用意されれていることが好ましい。また、ユーザに対してもロボットのある生活のメリットをわかりやすく伝えていく活動も必要となる。

これらの条件は相互に影響する要素が大きい。たとえば、ロボットの人らしさが向上することや劇的なコスト低減の実現により、日常生活での利用がイメージできて、ユーザや開発者の広がりを促すことにもつながる。

Week2レポート課題1 – なぜアンドロイドがデパートで服を販売することが受け入れやすいのか。

なぜアンドロイドがデパートで服を販売することが受け入れやすいのか、その理由について述べよ。
講義の内容をよく学習し、記述すること。また、自分のアイデアを記述すると、加点の対象ととなります。(600字程度)

理由は次の3点にまとめられる。

  1. 話しかけやすさ
  2. 信用しやすさ
  3. インターフェイスの工夫

1は、人間のスタッフを相手にする時には、声をかけると購入しなければならないというプレッシャーを感じてしまう。それに対して、アンドロイドが相手であればいつでも断れると思えるので、話しかけやすさがある。

2は、人間のスタッフから褒められた場合には何か別の目的があるのではないか、と感じてしまいがちである。それに対して、コンピュータは間違ったことは言わず嘘をつかないという先入観を持っているので、アンドロイドが提案したり褒めたりすると、素直に信用しやすい。

3は、顧客とアンドロイドとの対話のためにタブレットコンピュータを使用したインターフェイスの工夫がある。ボタンを押すことによって質問が発せられ、アンドロイドがそれに応答するという対話であるため、心理的抵抗が少ない。また、自由に話せるということでなく、予め用意された質問から選べるようになっている。ある程度ストーリーやコンテキストを用意することで対話がスムーズに進み、受け入れやすくなる。

いずれの理由も、対話を良好にする要因と言えるが、本来人間のスタッフが目指すべき姿勢とも重なるように考えられる。人対人の接客手法は、応報性など心理の研究などがされて高度に発達してきたが、アンドロイドの存在が対話の在り方の再認識させてくれるように感じる。

Week2レポート課題2 – アンドロイドを自分の体のように感じる理由。

遠隔操作アンドロイドにおいて、操作者がアンドロイドを自分の体のように感じる理由について述べよ。
講義の内容をよく学習し、記述すること。また、自分のアイデアを記述すると、加点の対象ととなります。(800字程度)

自分の身体を感じる仕組みが関わっている。

まず例として、人が自分の腕を動かそうとする過程を考える。脳から「腕を動かせ」という運動の指令が出されると、実際に腕の筋肉が動くと同時に、次のような感覚を持つ。
 ・遠心性コピー、フィードフォワード(こう動くだろうという予測)
 ・自己身体受容感覚(目をつぶっていても感じる腕の動き)
 ・視覚(腕が動いてる様子を目で確認)
これらが合わさって、自分の腕が動いていると感じられる(自己身体の認識)。

一方、遠隔操作アンドロイドでは、上記で腕を動かした時の感覚のうち、自己身体受容感覚は存在していない可能性があるが、それでも遠心性コピーや視覚によって、自分の体であるという感じることができる。すなわち、「このように動くだろうという予測」と「実際に動いているという視覚」が揃うと自分がアンドロイドに乗り移ったと感じるようになる。

これは、多くの研究において検証されている。被験者が頭で思うようにアンドロイドの腕を動かせるような場合に、アンドロイドの腕に注射針をさしてみると、手に汗をかくなどの反応する。これは、たとえば脊髄損傷で体が動かない人でもアンドロイドに乗り移れることを示唆している。他にも、義手や義足を使う人が本物の自分の体のように痛みを感じるなど、様々な研究がなされている。

Week3レポート課題 – ロボット研究における演劇の手法。

ロボット(アンドロイド)研究において、演劇の手法を研究することの意義について述べよ。(800字程度)
講義の内容を良く学習し、記述すること。また、自分のアイデアを記述すると、加点の対象となります。

日常生活のなかでの人間らしい振る舞いや感情のしくみについての知識が得られる。

従来の心理学、認知科学、脳科学などの人間らしさの研究では、コンテキストを排除し統制された実験で得られる知見であり、人間らしさの基礎的な機能は確かめることができた。一方、ロボットやアンドロイドが参加する演劇手法の研究では、より複雑な社会状況や日常生活のなかでの人間らしい振る舞いについて理解を深めることができる。また演劇は、映画などの完全な架空の世界と、実証実験が行われる現実の世界とを滑らかにつないでいくロボットの検証の場だといえる。

アンドロイド演劇において、アンドロイドだとわかるような演出もあり、観客は論理的にはアンドロイドだと知っているにもかかわらず、その目線や体の動きをみると人間らしさを感じてしまう。演出家によって「10センチ前へ」「0.3秒間をとって」という演出が人にもアンドロイドにもなされたが、むしろアンドロイドのほうが正確に演じられる。舞台演劇において、役者がアンドロイドか人かはほとんど差はなく、時にアンドロイドは人間以上に人間らしさを表現している。

人は脳で起こる感情から表情を作り、相手は表情から感情を読み取る。アンドロイドは現時点では感情を持っているとはいえないが、技術を使って表情をつくり、それをみる人は感情を見出す。演劇でアンドロイドがみせる人間らしさは、まさに技術で感情を表現可能だと示唆している。演劇手法の研究をとおして、他者に感情を伝える要素が具体的に何であるかという知見が深まるのである。

フルCGで表現される映画では、リアルな動きのために人間の役者のモーションキャプチャ技術が用いられている。人間らしさへの理解が深まれば、人間の役者の動きとプログラムされた役者の動きは全く判別できなくなるだろう。プログラム可能な人間らしさは、義手や義足などの自然な動きに応用されて日常生活に役立っていくだろう。

アンドロイドに乗り移るためには、その姿は自分に似ている必要はない。アンドロイドのモデル以外の人間でも適応できる。なぜなら、実際には人間は自分をそれほど客観視できていないので、姿形は自分と似ていなくても、唇や頭が思い通り動くだけでなりきることが可能である。

以下は個人的なアイデア。自分の体だと感じる仕組みが明らかとなり、脳と機械をつなぐ技術が確立されると、自分の体をどこまでも拡張できる未来になるかもしれない。生物としての脳はすぐには変化しないだろうが、時間をかけて自己と他者との境界はどんどん曖昧になっていくかもしれない。

Week4レポート課題 – 人とロボットの違い。

人間とロボットの違いについて議論せよ。(800字~1200字程度)
講義の内容を良く学習し、記述すること。また、自分の意見やアイデアについても複数記述すること。(今回、自分の意見やアイデアについての配点は44点中20点としています。)

現時点でロボットは人らしさを感じさせる時もあるが、注意深く観察すれば人でないと判断できる。しかし、技術が進んだ近い将来には区別はつかなくなるだろう。つまり、人とロボットの違いはなくなっていく。

そもそも、人やロボットの定義づけるものは何だろう。肉体や振る舞いか、感情や思考を持つことか。いずれも曖昧で、技術進歩により境界は揺らいでいる。

肉体はどこまでが生身なら人なのか。たとえば義足や車いすを使う人がいても、それでロボットだと考えることはない。技術が進めば、身体すべてが人工物で置換可能になるだろう。人が生体を作ることについて倫理的な問題はあるが、人の定義が変われば倫理も変化する。受け入れる社会があれば、サイボーグであっても人間だと考えられる。現代社会で車いすの人を見ても不気味に思わないのと同様に、人々の意識次第でいくらでも変化する。

振る舞いについては、人工筋肉やそれを制御するソフトウェアの開発が進むことで人間らしい動きが追求されている。脱力したり外力を受け止めたりできるリニアアクチュエータや、超複雑なシステムをゆらぎ原理に基づく制御などが研究されている。従来のコンピュータによるデジタル制御では人間の5万倍の電力が必要だが、より省エネで生体に近い仕組みが確立されるだろう。映画『マトリックス』では、コンピュータが電源として、人間の生体を「電池」として栽培する世界が描かれるが、ロボットが生体に近い省エネな肉体を獲得すればこのようなことは不要になるだろう。

感情や思考は、今のロボットは持っているとは言えないが、やがて獲得するだろう。たとえば人の表情は数十本の筋肉によって生み出されているが、ロボットでも表情を技術的に作ることが可能だ。アンドロイド演劇において、観客はアンドロイドに心があると感じた。複雑な情報処理はなく、ここではこのような表情を、という演出の結果だ。ロボットにとって社会性、意図、欲求なども経験を通じて学習可能だ。それらを持っていると他者に感じさせることは実現できるだろう。心や自我とは、社会的な相互作用の中で主観的に感じるものであり、客観的に測れない。人は「自分は心を持っている」と証明することができない。したがって、感情や思考を持つように見えれば、人とロボットに違いはない。

ロボット開発は、人間の機能を機械に置き換えていく技術開発であり、人間の進化である。技術によってDNAの変化よりもはやく自身を進化させているとも言える。ロボット三原則が提起したロボットのあるべき姿は、人間とは何かを問うことでもある。身近なロボットは生活を便利にして、教育や福祉にも活用されていくだろう。人とロボットが共生する社会は、奉仕するロボットかロボットによる支配かのどちらでもなく、人とロボットが融合して境界が曖昧になっていく社会であろうと考える。

人はなぜ学ぶのか。

講義のなかで石黒教授自身の研究動機を語るエピソードが印象的だった。それは、こどもの頃に「人の気持ちを考えなさい」と言われて衝撃を受けたこと。その時湧いてきた疑問は、「人」とは何か、「気持ち」とは何か、「考え」るとは何か。どれも確かなことは分からない。大人になると分かるのかと思っていたら、実はちゃんと理解して説明できる大人などいなかった、というのだ。

僕のような凡人は、こうした疑問はに適当に折り合いをつけるか、そもそも疑問を持たずに過ごしてしまいがち。だけど大人になっても愚直に問い続けられるということが、天才と言われる所以であり、研究者としての大事な資質なのだろう。たぶん、学校の教師からは疎まれるようなこどもだったかもしれないけど。

人は何のために学ぶのか。石黒教授はアンドロイドを創る目的は、人間を理解することだ、と。結局、人は自分のことをよく分かっておらず、自分のことをより知りたいのだろうと、僕もそう思う。

▼『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』*3

Woher kommen wir Wer sind wir Wohin gehen wir.jpg
By Paul GauguinOwn work, Public Domain, Link

問い続けること、深く考えること、健全な批判精神を持つこと。先日伝えられた東京大学教養学部学位記伝達式での式辞は心に留めておきたいと思った。

▼ハフポスがまとめサイトみたいなタイトルで全文掲載。
東大卒業式の式辞が深いと話題に「善意のコピペや無自覚なリツイートは……」(全文)

そして皆さんが教養学部で、この駒場の地で培った教養の力、健全な批判精神に裏打ちされた教養の力が、ますます混迷の度を深めつつあるこの世界に、やがて新しい叡智の光をもたらしますように。

そう、「健全な批判精神」が大事。僕は真面目な学生ではなくて、堂々とアピールできる研究成果などないけれど、大学時代に学んだことで一番大切なことは「健全な批判精神」だったと思う。いま、こうしてインターネットを見たり、ブログを書いたりしているけど、「健全な批判精神」が十分に発揮されているだろうか。適当に折り合いつつけていないだろうか。自分自身に問い続けて、学び続けたいと思っている。

*1:世界が認める天才研究者らしい。

人間そっくりロボットの石黒教授、ロボットに合わせて美容整形も – ITmedia NEWS
確かに天才。話すことや書くことや研究の様子を見ても、かなりぶっ飛んだ人物であることが感じられる。だからこそ惹きつけられる。

*2:この講座は既に終了しているが、他にも興味深い講座が多数ある。一般にMOOCと呼ばれるオンライン講座のしくみのうち、gaccoというプラットフォームにおいて行われたもの。インターネット利用環境がある人が登録すれば誰でも無料で受講できるもの。

▼ちなみに村井教授の「インターネット」も受講した後の記事。

JMOOC公認 gacco「インターネット」講座の最終課題を提出した件。


他にもいくつか受講しているけど、それぞれ苦労しつつまだブログ記事にはできていない状態。

*3:Wikimedia Commonsにあるお気に入り画像。過去記事でも使わせてもらっている。

ノーラン節炸裂!心にも頭にも響く傑作だった! – 映画『インターステラー』感想。